1月オフ会 隅田川七福神巡り (3/3)
「長命寺 桜餅」のお店のすぐ近くに
言問団子のお店が有ります。
こちらも、七福神巡りの時などに賑わうお店として有名なようです。
●言問団子

あっさりとした甘味と串にささないというお団子のという原点を守ったお団子やさん
だんごは(小豆・白・味噌餡入)の三種類あります。
食べるところも中にありますし、
おみやげで買っていかれる方も多いようです。

お土産用のお団子の写真を取らせて頂きました
途中で全部食べてしまったかな?
言問団子から、白鬚神社に向かいながらしばらく歩くと
草餅のお店「向じま 志”満ん草餅」があります。
お店は小さいのでが、やはりお客さんで賑わっていました。

栽培環境の整った完全管理された安心して食用としての蓬だけを使用して
香り高い草餅を頂けるお店です。
草餅は二種類、餡入りと、餡無しできな粉とみつで食べるものです。
自分は餡なしが珍しかったので、そちらを注文しました。

きな粉をたっぷりもらったので、ちょっとかけすぎたか~
でも、草餅は草の香りが高く
これはとっても美味しいですね。
もう一度食べたいリストに入れておきます。(笑)
「向じま 志”満ん草餅から通りを渡ると
きびだんごの「吉備子屋」さんがあります。
●吉備子屋

こちらのお店は、昔話『桃太郎』を読んだ息子の「きびだんごが食べたい」という
願いを叶えるために作り始めたそうです。
なんか下町らしいエピソードで、いいすね。

串に刺さったビー玉大のゆでられた団子に
きな粉がたっぷりとかかっています。
気軽に食べられるのがいいですね。
「吉備子屋」から少し歩いた所に
次のお参り処「白鬚神」があります。
■白鬚神社
白鬚神社は、天暦五年(951)に慈恵大師が関東に下った時に近江国滋賀郡打颪(滋賀県高島町)
に鎮座する白鬚大明神の御分霊を勧請し、ここに祀ったのが起源とされています。

御祭神の猿田彦大神が、天孫降臨の時、道案内を務めたということから、
江戸時代からはお客様を案内して下さる神様として崇められ、
「千客万来」「商売繁盛」にも御利益のある神社とされているようです。



社殿前の狛犬は、吉原の有名料亭から奉納された物とされていますが。
よく読むと台座には「松葉屋半左衛門」と書いてあります。
「吉原に来たお客はまず茶屋駿河屋に上がり
そこから松葉屋に連絡、遊女を呼んで貰います。
そして八百善から料理や酒を取り寄せ、ひとしきり楽しんでから、
松葉屋へ移って一晩過ごすした。」とのこと
遊郭松葉屋は遊女瀬川を抱えていた店として知られていて、
主人は宝暦中期から代々半左衛門を襲名していたようです。
吉原遊郭の繁盛を祈念して奉納されたのでしょう。
★寿老人
隅田川七福神の選出に際し、寿老人を祀ってあるところだけが見つからなかったので、
百花園のある寺島の鎮守、白鬚大明神に白羽の矢が立ち、
その御名前からして白い鬚の老人の神様だろうからと寿老人に充てたことから来ているそうです。
白鬚神社の近くに、次のお参り処、向島百花園があります。
■向島百花園

隅田川七福神の発祥の地、百花園は文化元年(1804)に仙台の人、佐原鞠塢が開き
鞠塢は日本橋で骨董屋として財を成したが、晩年、この地に隠退し、多賀屋敷跡を買い求め、かねてから親しくしていた文化人から寄贈された梅樹を植え、梅園としました。
このために亀戸の梅屋敷に対して、新梅屋敷と呼ばれ、
梅は百花にさきがけて咲くと、当代の人気絵師、酒井抱一が百花園と命名したと伝えられています。
★福禄寿

『百花園に奉られている陶製の福禄寿像は、骨董商であった頃の初代 佐原鞠塢の遺愛の品と伝えられており、風俗記に短身、長頭の容姿とされているが、この像は身の丈50㌢のうち40㌢が頭という極端なお姿をしている。』

福禄寿のご本尊を拝ませて頂いた時に、お面が置いたあるかな?と思ったのですが・・
短身、長頭の容姿で顔が大きすぎたのでお面と間違えたようです。
向島百花園から、次の多門寺までは結構歩きました。
■多門寺

多聞寺は天徳年間(957~960)に創建され、不動明王像を御本尊としています。
当時は隅田千軒宿と呼ばれた古代奥州街道の宿駅(現在の隅田川神社辺り)にあり、大鏡山明王院隅田寺と号していたと伝えられています。
★毘沙門天
御本尊「毘沙門天」は木造立像
山門

現在の茅葺き屋根の山門は18世紀中葉に再建されたもので、享和三年(1803)の大火では奇跡的に難を逃れ、多聞寺の中で最も歴史のある建造物です。
六地蔵

庫裡の前には、「坐姿六態地蔵」と呼ばれる都内でも非常に珍しい形の尊像があります。
この六地蔵尊は、仏教における地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上の六道の
どこにいても救いの手を差し伸べてくれる地蔵尊とのこと。

こちら、本日2回目の観音菩薩像
狸塚
茅葺の山門をくぐって左側に狸塚があります。
その由来は次のようなものだそうです。

『昔、寺の回りは樹木や雑草がうっそうと生い茂るところで 狐や狸のすみかになっていたそうで
また狸は悪戯をして村人や参詣者を困らせていたそうです。
時の住職、鑁海和尚は、人々を難儀を救おうと、草木を伐採した折に老松の根元に洞穴を発見し、
諸悪の根源だとにらんで切り倒してしまったところ
すると、その夜から天地鳴動の怪異が続くようになったそうです。
和尚は一心に御本尊の毘沙門天に祈り続けると。

ある晩、姿を現した妖怪が、「この土地から出て行け」と和尚を脅すと、
毘沙門天に仕える童子が、天から舞い下り、宝棒を振って妖怪を打ち伏したのです。
すると翌朝、庭に出てみると、夫婦の大狸が死んでいたそうな・・

哀れに思った和尚は、松の木の根本に二匹を葬る塚を築いて、霊を慰めたたとさ。
このことで、俗に狸寺と呼ばれるようになったそうです。

今日では人々を苦しめてきた古狸の霊はその前非を悔いて、近隣の人々や参詣に訪れる人達の守護にあたっているということです。』

昔はこのあたりは、狸や狐が普通に出る所だったんですね。
といこうことで・・
狐さんの「三廻神社」から
狸さんの「多門寺」までで
七福神巡りは無事に終了しました。
参加頂きました皆様の願いが
無事成就されますように・・
帰りはまた鐘ヶ淵駅まで戻りました。
途中で、休憩する所がなければ
北千住でお茶でもと考えていましたが
昔ながらの、昭和の雰囲気を残す貴重な喫茶店
「志摩」さんが、
人数的にも入れましたので、こちらのコーヒーで冷えた身体を温めさせて頂きました。
お陰様で、全員でくつろぐことが出来て良かったです。
今回は、途中参加や、ご都合で途中帰られた方もいらっしゃいましたが
それぞれの、七福神巡りを楽しんで頂けていたら幸いです。
また次回は2月11日(土曜日)を予定していますので
よろしくお願い致します。



